いまは亡き王女のためのエチュード。 cc.01

あるとき彼女はふと思う。あたりを見回してふと思う。色とりどりに咲き乱れていた花はどこへ行ったのだろう。うるさいほどに囀っていた小鳥たちはどこへ行ったのだろう。乳母は、召使は、従者は、道化は、詩人は。みんなどこへ行ったのだろう。彼女は突然ひとりきりになってしまった。これまでずっと、身の回りのことはすべて誰かが面倒をみてくれた。友達はひとりもいない。


この人たちは親切だ。やさしいし、親身になってくれるし、私のことを大切にしてくれる。この人たちは私を傷付けない。ある人は物知りだし、ある人の話はいつも面白い。ある人は素朴なところが可愛らしいし、ある人は物静かで大人っぽい。こんな人たちに囲まれて、私は何てしあわせなんだろう。私はこの人たちに何をできるだろう。どうしたら喜んでもらえるだろう。すごいですね。素敵ですね。立派ですね。あなたやあなたやあなたやあなたのそういうところがとても好きです。伝わる? 伝わるかしら? 私はあなたたちが大好きです。あなたたちは私のことが好きですか?

なぜだろう少しくたびれてきた。届いていないような気がする。私の気持ちが届いていないような気がする。どうして信じてもらえないのだろう。どうしたらわかってもらえるの? どうして腹を立てるの? 私のことが嫌いなの? 少しだけ無理をした。機嫌を直してもらうために。少しだけ誇張した。本当にそう思っているんだっていうことをわかってもらうために。わかってもらえただろうか。わかってもらえただろうか。ひとりきりになるとほっとする。小さなため息をつく。疲れたな。何だかちょっと疲れたみたい。でも行かなくちゃ。だって私は王女なのだもの。誰も覚えていないかもしれないけれど、私は王女だったのだもの。いつも微笑んでいなきゃいけない。みんなをしあわせにしなきゃいけない。みんなに讃えられる私でいなきゃいけない。私はあなたたちが大好きです。あなたたちも私のことが好きでしょう? 私のことが、好きでしょう?


わたしは願う。いつか彼女が、もういちどその手に王冠を取り戻す日が来ることを。道端の小さな花をいとしく思い、小鳥たちの歌に耳を澄ます日が来ることを。彼女はそれを見出さなければいけない。自分の力で見出さなければいけない。


わたしは願う。いつか彼女が、自分自身を見出す日が来ることを。ただ存在していることが、それだけでしっくりとしあわせだった感覚を、思い出す日が来ることを。みずからつくり出した幻影に飲み込まれる前に。取り返しのつかないほど彼女自身が損なわれてしまう前に。


彼女は見出さなければいけない。自分を。そして、世界を。それはとても孤独なたたかいだ。小さなお姫様だった彼女を守ってくれた人々はもういない。彼女は彼らの手を借りることはできない。誰の手も借りることはできない。彼女はまず、自分自身を引き受けるところから始めなければいけない。彼女はもういちど、生まれなければいけない。そして育てなければいけない。自分を。名も無き王女として。臣民無き王女として。目に見えぬ王冠をその頭上に輝かせながら。